内容関係あるのかな・・・

博士課程に所属する学生の多くが少なくとも一度は検討する「学振」ですが、ワタクシもかつて応募し、ありがたいことに「DC1」に書類だけで一発採用されました。もちろん当時は一生懸命書類書いたつもりですが、実際何がよかったのか自分でもわかりません。(教授のフォース、という可能性も十分にあります)

DCはさすがにマニアックだとしても、例えば就活について、本屋に行けばそれはそれはたくさんの「こうすれば合格!」みたいな(余計な?)アドバイス本があふれています。ああいうのもなかなか信ぴょう性に乏しいもので、合格した本人が「これのおかげで受かった!」と思っていても採用した側は全然違うポイントを評価して採用したかもしれません。

とくにツイッターなど見ていると、学振に悩む人が多いようなのでなんとか力になりたい気はするのですが、残念ながら私自身は採択する側の人間ではないので、自分は採択されたとはいえどこが効いていたのかわかりません。

とりあえず晒してみる

家の掃除をしていたら学生時代のデータが入ったCD-ROMが出てきまして(これの存在すら忘れてた!)、その中に学振の申請書類ワードファイルが見事に入っていました。これのうち「背景」「これまでの成果」のような、研究そのものに関する部分はただ正直に書いただけだし(計画はちょっと盛った)、おそらく誰もがそうすると思うので載せませんが(一応身分を明かさないテイでやってますし)、もしかしたら差がつくかもしれないのが「特色」「自己評価」のとこかな~と思っています。(しつこく言いますが、採択側の人がどう思ってるかは知りません)

実はこの辺って、会社入った後に予算もらったり、自分の仕事内容をアピールする書類にも通じるものがあるので、自分の博士時代の反省および今後への戒め?のために一部晒して、他人事のように眺めてみます。まずは「特色」のところ。


学振_特色

よくもまあ、こんな恥ずかしいこと書けたなーと思います。でも意図としてはわかりますね。要は「自分の研究がどれだけ大きなインパクトを与えるか!」を言いたかったわけです。当時の私は材料屋さんだったので「この材料が実現すればあんなこともこんなことも・・」と割と書きやすかったと思います。でも何の分野でも姿勢は同じです。「この分野のここのここのこの部分に役立ちます」みたいな文書だと、採択する側も「それいらなくね」という気持ちになってしまいますね。

たしか私が学振出した当時は今よりも「持続可能」とかのフレーズが流行っていたので、そういうキャッチーなフレーズを入れ込むことで印象アップ!(したかもしれないし、しなかったかもしれない)

今だったら「機械学習」とかですかね。会社で書類出すときも、一見関係なさそうな分野でも「実は機械学習との連携を見越してます」的なこと書くと予算通りやすかったりするのは事実です。学振も会社の予算も、決定権を持つのは文系の人間です!そこを意識しましょう。ご批判はあるでしょうが、文系の方々は研究についても「で?結局何がありがたいの?」という姿勢で来ますので、予算がほしければ研究者サイドからそこに寄り添っていかないとダメなわけです。悲しいけど。

こっちはもはやギャグ

もう一つ晒すのは「自己評価」のところです。改めて読んでみるとなかなかの内容でした。

学振_自己評価

批判されがちな、就活における盛り盛りプロフィールみたいなものでしょうか。書いた人の意図としてはわかりますね。「自身が自ら進んで課題に向かっていく人間であること」「(これまで不十分であった)専門家と非専門家との交流を促進したいこと」をアピールしたいように見えます。極めて恥ずかしい文書ではありますが、内容としては別におかしなことは言ってなくて極めて真っ当な主張かと思います。

それにしても、高校で勉強教えてたアピールとかいるかな?でもまあ、何が評価されるのかわからんしな。

で?アドバイスは?

何度も言いますが「こう書けば学振通る」なんて魔法は全然知りません。かなり大きな額のお金が動く話ですし、こんなブログの記事を真に受けて書いて落ちてもワタクシは責任取れません。ただ一般論として言いたいのは、とくに理系の人ってアピール下手が多いと思います。本当はすごいことをやってるのに無駄に遠慮しちゃって、文系の相手はその遠慮通りに受け取って「じゃあその仕事いらないのね」となりがちです(会社でそういうシーンを何度も見た)。恥ずかしいという気持ちはまず捨てましょう。「自分は神だ」ぐらいの自己暗示をかけて臨むほうが、「いや私なんて・・」で臨むよりはいい結果になります。参考になったでしょうか。みんなで日本の研究を盛り上げていきましょう!



はっぴぃ理系らいふ、いぇい
ヽ(・ε・)人(・ε・)ノ キミモナカマニナロウゼ
   

【文責 べじぱみゅ】